第3回 「泳ぎを直す」ためのアドバイスの四段階

2017/11/27

対談_柿添・浜上

種目や距離に応じたメニューを分けるということに加えて、コーチの役割として「泳ぎを直す」という部分があるとおっしゃっていましたが、そこはどのように改善されたのでしょうか?

【浜上洋平】対談記事公開スケジュール

11/25 第1回 筑波大学水泳部から帝京大学の助教に
11/26 第2回 水泳部コーチ就任後最初の改革
11/27 第3回 「泳ぎを直す」ためのアドバイスの四段階
11/28 第4回 練習時間の半分以上を「泳ぎを直す」ために使う
11/29 第5回 指導者の意識の改革
11/30 第6回 技術中心の指導へのシフトの成果
12/01 第7回 大学運動部のリクルートのあり方
12/02 第8回 自分の身体を自由にあやつる

「泳ぎを直す」ためのアドバイスの四段階

川口
種目や距離に応じたメニューを分けるということに加えて、コーチの役割として「泳ぎを直す」という部分があるとおっしゃっていましたが、そこはどのように改善されたのでしょうか?
浜上
チーム全体で泳ぎを直しましょうとか、今日は泳ぎを直す練習だけをしましょうとか、そういう練習は今と比べてまだ少なかったように思います。私1人で30人前後の部員の泳ぎを見るわけですからね。1回の練習で見られる人数も限られてくるので、気付いたことを個人にフィードバックするのを1回の練習で何回かやるぐらいでした。
川口
泳ぎの間違い方って人それぞれなのでしょうか?みんな似たようなところで間違えていたりするのでしょうか?
浜上
共通する部分はもちろんあります。例えば姿勢ですね。速い人はまっすぐの姿勢でお尻を高い位置にキープしながら泳ぐのですが、初心者になればなるほど下半身が下がって斜めになった状態で泳ぎがちです。
川口
わかります。自分が泳いでいる映像をみてもそうなっていました。それでは人それぞれ違う部分はどのあたりになるのでしょうか?
浜上
そもそも種目によってストロークの方法、手の動かし方が違います。ストロークの細かい部分に関してはかなり個人差がありますね。
柿添
あとは手と足のタイミングの問題ですね。ありがちなのは入水して外に手が流れちゃうっていうという問題ですね。理論も変わっていっているので難しいところではあります。数年前まではS字ストロークと言って入水したらSをかくように手を動かしなさいという指導が多かったのですが、今はまっすぐ押し切ったほうが速いというような感じに流行が変わってきています。少なくとも今の研究結果だと短い距離に関してはまっすぐ押し切っちゃったほうが速くて、長距離だと疲労をおさえるためにストロークの長さを長くしてS字に変えたほうがいいかもしれないというような状況にあるのですね。
川口
姿勢が間違っている、お尻が下がっている、というのは、みんな同じように間違えていて、一見、コーチ1人でも指導できそうに聞こえますよね。でも、お尻と足を高い位置に保持するというのがゴールだとわかっていても、直し方はみんな分からなかったりするわけですよね。やれと言ってすぐできる人もいれば、直し方を細かく指示してあげないとできない人もいると思うのですが、そういう、学習能力の個人差のようなものも感じられますか?
浜上
個人差は間違いなくあります。動きを修正するためのアドバイスの階層には4つの段階があります。一番低いレベルは「正否の判断」といいまして、これは単純に動きが正しいか正しくないかを判断する段階です。次の階層は「欠点の指摘」です。これは具体的にどこが悪いのかを指摘する段階です。次の階層は「方法の指摘」といいまして、これはその欠点を直すための方法を伝えてあげる段階です。

最後の、一番高いレベル4の指導では、その運動をしている人の感覚までアプローチすることが求められます。動きを見てここが悪いという「欠点の指摘」はそれなりに簡単にできるのですよ。今はカメラとかもありますしね。水中カメラで撮ってその映像を選手と見てここが悪いよね、ということが選手にも簡単にわかる。足が下がっていたらもうちょっと浮力を上げられるようにキックの打ち方を変えようかとか、体幹部を締めて下半身が下がらないようにしてみようとか、どういうふうに直したらいいかについても一応伝えることはできます。

ところが、その人がどういう感覚で泳いでいて、その感覚をどう直していったらいいかという部分は同じやり方では無理なのですよね。結局、その人の感覚って外からは分からないじゃないですか。コミュニケーションなどを通じて人の感覚にアプローチするための方法が必要になってくるのです。そこができれば、もっと動きの修正に寄与できるのではないかと考えています。今の私のコーチとしての課題ですね。

川口
今のアドバイスの4段階というのは論文になっているレベルの知見なのでしょうか?それとも個人的な意見なのでしょうか?
浜上
これは運動学の知見ですね。

知見の共有

対談_柿添・浜上

川口
その中で間違い方の感覚に関しても、ある程度知見がデータベース化されているのですか? こういう風に動きを間違えるのはこういう間違った感覚を持っているからだ、この感覚にアプローチするためにはこういう質問をしてみるとよい、こういう間違いはその感覚をこのように変えるよう伝えると良い、そういったコミュニケーションのパターンは知見として共有されているのでしょうか?
浜上
おそらく感覚ベースの話は知見として共有されてないと思います。
柿添
ぼくもほぼないと思います。そこに関する話を競泳でコーチに言われたこともないし聞いたこともないです。さっき言ったような動きをこうしなさいっていう指導はよくあります。だけど感覚をどう変えれば実現できるかというところに関してはあまり知見の共有はないですね。
川口
まだ一個人の試行錯誤段階で、何らかの知見があるにしても、その一個人の中に言語化しにくいような知見として個別にたまっているっていうような状況ということでしょうか?
浜上
そうですね。例えば体幹を締めたほうが下半身の下降を止められますよというのは大体みんな知っていると思うんでよ。でも体幹を締める感覚はみんな一緒なのかというと多分違うと思うのですよ。自分はおなかのほうを締める感覚です。でも選手の方はもしかしたら背中のほうを締めるという感覚なのかもしれない。そこをどうすり合わせてくかが今後の課題ですね。
川口
コーチングには4段階目というのがあるということに気付いているコーチがいるかいないかっていう話がまずあって、次に、そういうコーチがいたとしても、今度はリソース制約の問題がでてきますよね。1回やらせてみて、アドバイスして、どう変わったかを見て、更にアドバイスして、という作業を何回か繰り返す必要があるわけですから、1人に対して最低15分、30分は見ないとできない話じゃないですか。そうすると、選手が30人いて、自分1人だけしか世話ができないということになると、実質的に機能しないですよね。
浜上
それも、今、非常に悩んでいるところなのですよ。それを打破する一つの策は選手自身の泳ぎを見る目を養って選手間で評価して改善していくことですね。そういうシステムを雰囲気作りも含めて構築することが一つの目標です。
川口
その方法はもう指導体制の中にフォーマルに取り入れられたのですか?それとも、まだ取り入れてはいない、あるいはインフォーマルに「気づいたことがあったら行ってあげてね」と指導している、というような段階でしょうか?
浜上
まだインフォーマルな導入にとどまっています。たまに種目ごとに集まって、選手同士で見て話し合って、ということももちろんやってはいます。今後はそういうパートをもっと増やして選手間で動きを評価できるようにしたいです。それができれば今度は欠点の指摘や方法の指摘というところまでいけるのではないでしょうか。その辺のトレーニングというか、選手間で泳ぎを評価し改善していくための力を養うための練習を、今後は取り入れていきたいです。