第5回 指導者の意識の改革

2017/11/29

対談_柿添・浜上

僕からすると柿添くんの教え方がそうなのでこれが普通だと思っていました。浜上さんも柿添くんが過去5年ぐらいフィンスイミングを始めてからそういう技術トレーニング中心の練習をやって成果をあげてきたことを知っていたわけですよね。それを見ていたのに、これだけ「泳ぎを直す」ということの重要性を認識している人なのに、昨年の12月まで指導のやり方を変えられなかったのはなぜなのでしょうか?

【浜上洋平】対談記事公開スケジュール

11/25 第1回 筑波大学水泳部から帝京大学の助教に
11/26 第2回 水泳部コーチ就任後最初の改革
11/27 第3回 「泳ぎを直す」ためのアドバイスの四段階
11/28 第4回 練習時間の半分以上を「泳ぎを直す」ために使う
11/29 第5回 指導者の意識の改革
11/30 第6回 技術中心の指導へのシフトの成果
12/01 第7回 大学運動部のリクルートのあり方
12/02 第8回 自分の身体を自由にあやつる

指導者の意識の改革

川口
僕からすると柿添くんの教え方がそうなのでこれが普通だと思っていました。浜上さんも柿添くんが過去5年ぐらいフィンスイミングを始めてからそういう技術トレーニング中心の練習をやって成果をあげてきたことを知っていたわけですよね。それを見ていたのに、これだけ「泳ぎを直す」ということの重要性を認識している人なのに、昨年の12月まで指導のやり方を変えられなかったのはなぜなのでしょうか?
浜上
うーん、本当、なぜなのでしょうか?
柿添
本当に、競泳では泳ぎを作ってドリルで技術を徹底的にやることで何かが変わっていくっていう認識すら、まだあんまりないのですよ。
川口
それは生理学的にきつくやることのメリットが十分あるからなのでしょうか?
浜上
それは間違いなくあります。
柿添
競泳界で、例えばスイミングのコーチに、萩野くんはなぜ速いかって聞いたら、ほとんどの人が技術が高いからだと答えると思うのですよ。そこで技術が高いからだと答えるにも関わらず、練習では技術を上げる練習をなぜかしないわけです。そこが本当に競泳界の不思議なところなのです。それが当然でずっと育ってきているからそこを疑問に思うことすらない。僕ですら、そこにものすごく疑問を抱くようになったのは結局この2年ですよ。きついことをやりながら技術トレーニングをやっていくというのがすべての基本だという認識が、もはや洗脳レベルで刷り込まれている感じなのですよ。だから他のアプローチを考えたことがないし、とにかくまずはきついことをやるのが大前提になっちゃうのです。あとは、技術指導に関しても、最低限のことは言われるけど、細かいことは言われたことがないです。その部分が、本当に、今、競泳界にはものすごく希薄ですね。なぜなのかさっぱり分からないです。
浜上
柿添さんもおっしゃるとおり、どのコーチであっても泳ぎを上手にすることの重要性は認識していると思います。でも、それを具体的な指導に落とし込んでいる人が少ないのです。うちの部員によく言うのですが、爆発する、つまり、記録が大幅に伸びるときも、逆にスランプに陥るときも、その要因は泳ぎ方なのですよ。生理学的に能力が上がる、下がるって、そんなに変化はないですよね。泳ぎが上手になって速くなるという振り幅や泳ぎが崩れて遅くなる振り幅って、生理学的な振り幅よりも圧倒的に大きいはずなのですよ。
柿添
たくさん泳ぐと速くなる、というのを、子どものときに水泳選手は1回体験します。子どものときは、当然、身体が成長するからきついことだけをやっていてもタイムは伸びてわけです。そして、ある程度たくさん泳ぐと、疲れないように、技術がある程度最適化していきます。それで、細かいところの指導がなくても、みんなある程度できるようになっていきます。それを繰り返して技術を得られる人と得られない人がいますね、程度の認識でトレーニングがされているというような感じなのです。

川口
選手の説得には気を付けたっていう話でしたが、実際に反対してくる学生もいたのでしょうか?
浜上
それは不思議といなかったですね。それだけ信頼されているというのがうれしかったです。
川口
そのときはどう説明したのでしょうか?
浜上
誰だってとにかく上を目指そうという目標は持っているのですよ。例えば、日本学生選手権に行きたいとか、日本選手権に行きたいとか、そういう目標を口では言っているわけです。じゃあ、歯を食いしばって泳いでいるだけでそこに届くと本当に思っているのかと聞くと、そうは思えない、と答えるわけです。日本選手権に出る選手の泳ぎは自分より絶対上手だということが、選手自身も分かっているわけです。じゃあ、本当に泳ぎ方だけを直す時間を作って、上手に泳げるようにしよう、そうしたら目標に届くかもしれない、そういう説明をすると、納得してくれたかどうかは分からないですけど、少なくとも文句は出ず、やってみようという雰囲気にはなりました。
川口
みんな感じていることではあるのですよね。
浜上
そうですね。選手もコーチも感じていることだと思います。

技術指導の現状

対談_柿添・浜上

柿添
あとは、分かってはいるけど技術指導がそもそも受けられない、できないって言う状況も当然ありますね。
川口
技術的な指導が徹底されている場所は少ないのか、ここしかないのか、どちらでしょうか?
浜上
少ないとは思いますが、ここしかないということはないと思います。
川口
他にあるとしたらどういう場所でしょうか?
柿添
僕たちも、こういう技術指導中心のトレーニングがどこでなされていますかと聞かれても答えられないのですよね。この間たまたまNHKが和歌山のコーチを特集していて、それが完全に、今の僕たちと同じことをやっていました。そういう風にテレビで特集されるのはある意味それが例外だからですよね。

ほかには、いくつか、やたら速い子が継続的に出てくるスイミングスクールというのがあります。もしかしたらそういう所はコーチによる技術指導があるのかもしれないという推測はしています。他のスイミングと同じことをやっていてそういうことが起きるとは思えないですから。今、池江璃花子ちゃんという高校生の女の子がすごく活躍しているのですが、その子を担当しているコーチは以前違うスイミングスクールにいて、そのときもそのチームが全国大会で優勝しています。コーチが移籍して別のスイミングスクールに来たら、また今度はそこから池江ちゃんみたいな子が出てきました。そして、そのスイミングスクール自体も今ものすごく強くなっています。だから、もしかしたら、そのコーチは技術指導がしっかりできているのかもしれませんし、もしかしたら僕が想像できている以外の新たなトレーニング論があるのかもしれません

あとは、有名な平井先生の所ですかね。北島康介を指導していたコーチです。今は日本代表のヘッドコーチをやっています。平井先生の所に行ったら急に速くなる子というのがやっぱりいるのですよ。寺川綾なんかは僕の中ではかなり衝撃的でした。北島康介の話を聞いていても技術の話がすごく出てくるから、平井先生はもしかしたらそういう内容の指導がかなり入っているのかもしれません。

川口
では、全日本のコーチともなるとは、今日話しているような形に近いっていうイメージでよいのでしょうか。
柿添
ここまでの割合は多分割いてないしょうね。全日本まで行っちゃうと技術はかなり出来上がっているのですよ。指導されてできたのか、天才だったからたくさん泳いでいるうちにできたのか、それは分からないのですが、技術が出来上がった人たちが集まっているので、そこまでいくと逆にもう生理学的にきついのをどんどんやらせないと、世界レベルでは戦えないという状況はあると思います。
浜上
帝京大学も、うちのレベルだから、今やっている方法がマッチしているのだろうなと思うのですよ。このやり方が絶対かというとそうじゃないと思います。いろいろなやり方があるなかで引き出しの一つとしてあってもいいのではないかと思っているという点は強調しておきたいです。
柿添
レベルによってやるべきことが違うというのは間違いなくあります。帝京ぐらいのレベルだと、全国大会に出られるか出られないかぐらいのレベルの子たちが集まっているぐらいの感じなのですね。そうなるとまだ技術が欠如しているので、そこが彼らの伸びしろとして残されています。