第3回 技術の言語化

2017/07/20

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そうですね。競泳のドルフィンキックって実はあんまりちゃんと指導されてないんですよね。それでみんな結構動きが違うんですけど、多くの人がいわゆる「膝の曲げ伸ばし」、つまり大腿四頭筋でキックを打ってます。フィンスイミングではなるべくそれを身体ごとうねらせて膝を伸ばしたまま蹴りましょうってことになってます。最初はそれが結構できないんですよ。骨盤を後傾させて、前傾させて、みたいな動きを意識したことがない人が競泳選手でも多いです。

対談記事公開スケジュール

7/18 第1回 ワールドゲームズ史上初2競技での代表選出
7/19 第2回 フィンスイミングと競泳の違い
7/20 第3回 技術の言語化
7/21 第4回 日本のスポーツ文化とマルチアスリート
7/22 第5回 指導のあり方
7/23 第6回 大学時代のプレッシャー
7/24 第7回 マルチアスリートは日本のスポーツ文化を変えていけるか


第2回では具体的なフィンスイミングと競泳の技術の違いについてでしたが、第3回では技術の言語化と題して日本の指導者への批判的検討へと足を踏み入れます。


柿添
そうですね。競泳のドルフィンキックって実はあんまりちゃんと指導されてないんですよね。それでみんな結構動きが違うんですけど、多くの人がいわゆる「膝の曲げ伸ばし」、つまり大腿四頭筋でキックを打ってます。フィンスイミングではなるべくそれを身体ごとうねらせて膝を伸ばしたまま蹴りましょうってことになってます。最初はそれが結構できないんですよ。骨盤を後傾させて、前傾させて、みたいな動きを意識したことがない人が競泳選手でも多いです。
平野
競泳のトップ選手でドルフィンキックが速い人でも、意識してそのスピードを手に入れた人なのか、無意識的にそれができちゃってる人なのかでも、違ってきます。意識して学んだ人はフィンを履いても比較的すぐ順応しやすい。今までは普通にやってたらできちゃったっていうような人たちは道具を付けて感覚が違っちゃうとどうやっていいか分かんなくなっちゃうみたいです。
柿添
世の中には理屈じゃなくて感覚で感じ取れてできちゃう人たちがいて、そういう人たちはある状況に対しては適応できるけど、道具を変えられたり動きをこうしてくださいと言われたりしてもどうしていいかわからない。例えば「骨盤を後傾させて前に出してください」って言われてもそういうふうに考えたことがないからどうしていいかわからない。

ぼくらは技術を言語化して説明するよう努力しているけど、まず「骨盤後傾」って言われて分かる、分からないっていうレベルがあります。これがわからないのはもう完全に運動に対する知識不足ですね。それに加えて「骨盤後傾させて体の前面に出してください」って言われて分かる、分からないっていうレベルがあります。

フィンスイマーの場合はそういうのを一個一個言語化して、骨盤後傾っていうのはこういう形です、前傾っていうのはこういう形です、キックするときはこういうふうに動かします、というのを、体系的に指導する環境がかなりできあがっています。その辺りはだいぶ競泳選手とは違うかなと思います。

文化や技術の逆輸入

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川口
フィンスイミングの場合はそもそもセオリーがないということをみんなが理解していたから頑張ってセオリーをつくって言語化して知識を共有してっていう形になって、それで成長してる部分があると思うのですが、その文化が自分たちのやっている別の競技、例えば競泳やライフセービングのやり方に影響を与えた部分はありますか?また、その文化がお二人を通じて競泳やライフセービングの他の選手の方にも逆輸入されたということはあるのですか?
平野
僕は特に2枚フィンのクロール、言ってしまえばフィンを履いてクロール泳ぐ競技なので、競泳のときよりも確実に速いスピードで泳いでるわけなんです。その速いスピードに対しての身のこなし方とか、抵抗を受ける量が違うので、そのときのボディーポジション、キックの打ち方、体のこなし方っていうのは競泳をやるときにも非常に参考になりました。
川口
競泳のスピードではあんまり気にしていなかったけれど、フィンを履いてスピードが速くなってみると実は意外に抵抗受けていることに気づいて、それで競泳の泳ぎ方も修正するようになったということですね。
平野
そうですね。
川口
今お話いただいたフィンスイミングの世界みたいな、なんでうまくいかないのかを言語化して理論化してっていう文化をお二人は身に付けていると思うのですが、そこから見て競泳の指導の仕方やトレーニングの仕方ってどういうふうに見えますか?今の文化から見て改善したほうがいいかなという部分はありますか?
平野
どうなんでしょうかね。競泳の日本代表クラスの指導っていうのがどこまでどうやっているのか、僕は分からないんですけど、一般的なコーチに関して言えば改善の余地は非常に多いと思います。
柿添
競泳の一般的なコーチって、技術的な指導はほぼ皆無なんですよね実際。
平野
メニューを作成して回すだけみたいなコーチがほとんどなんです。
柿添
生理学的なトレーニングの積み方しか知らないんですよ。

競泳界の指導の現実

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川口
何百メートルを何本とかそういうもののことですか?
柿添
そうです。それをどのぐらいの強度でやったほうがいいとかそういう話ですね。それなら基本的にはきついことやればいいって話になるんですよね。そういうことをやらせているだけで、具体的にどう動けっていうのが本当に少ないです。

「きれいに泳ぎなさい」というのはよく言われるんですが、その「きれいに泳ぐ」の定義を言えるコーチがほとんどいないっていうのが現状だと思います。

川口
ぼくは今柿添くんから水泳を習っているのですが、何回か往復すると、そのたびに必ずなにか技術面で具体的なコメントをくれるんですよね。例えば手が内に入ってるからまっすぐ進まずにうねっちゃってるよ、とか。一番劇的にスピードが上がった指導が骨盤の前傾の問題です。「水泳は推進力をいかに生むかじゃなくて抵抗力をいかに減らすかなんだ」だと言われて、骨盤を前傾して浮かしたらその瞬間に水の抵抗がすっとなくなって、50mのタイムが一気に10秒ぐらい縮まったんです。

そういうふうに、ここの動きが障害になっているからそこをこう直せ、と言われる。ぼくは運動できる人間じゃないので言われてもすぐには直せないのですが、柿添くんからゴールのイメージを聞いて、自分なりにこういうふうにすれば改善できるんじゃないかっていうアイディアを返すことはできる。そのアイディアにOKが出たら実際に試してみてうまくいったらそれを繰り返して定着させる、ダメなら別の方法を考える、っていう形で改善していく。そういうのは普通の競泳ではほとんどやられてないわけですか?

柿添
ほとんどないんじゃないですかね。水泳は競技人口が多くて一人のコーチがみる人の数が多いっていうそもそもの問題は当然あると思います。スイミングスクールというビジネスの中でコーチという名のサラリーマンが教えるってなると、担当する一般人なり選手なりが20~30人いる。その一人一人に対して個別にアドバイスができるかっていうと当然無理なわけで。

それに、そもそも教えるための理論をコーチは知識としてもってないと思います。自分自身が選手をやってるわけではないですしね。地方に住んでて東京のトップのチームや日本代表のコーチがどんな理論にもとづいてどう指導をしているのかという情報にアクセスする方法が多分ほぼないと思います。相当な熱意を持っていれば自分でアクセスすると思いますが、言ってもサラリーマンなわけですから。みんながそのレベルで動くのは相当難易度が高いでしょう。だから指導の方法が分からないんだと思います。自分がやってきたことをそのままなぞるっていうことぐらいしか基本的にはできないんです。

平野
情報はインターネットや本などの文字で入ってきたりすることはあると思うんですけど、その情報の解釈が必要になるんです。でも、地方とかだと特に、その解釈ができない人が多いと思います。関東や東京ですらそれを理解できる人は少ないと思います。地方に行って画面越しで見てということになるとなおさら難しいはずです。

本来あるべき指導のあり方

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柿添
例えば技術トレーニングのゴールとして「膝を曲げないでドルフィンキックを蹴る」を設定したとしましょう。でも「膝を伸ばして蹴ってください」って言ったってみんな曲がっちゃうんですよ。その曲がっちゃうことに対して、曲げるなって言うのは簡単で、誰でもできる。でも、曲げないためにどういうトレーニングをやればいいのか、どういうイメージの持ち方をすればそれに近づけられるか、っていうところまでアドバイスできるのが本来のコーチのあり方だと思うんですけど、結局そうやって現状とゴールをつなぐための手ほどきができないっていう感じだと思います。

ネット上でも知識としては「膝を伸ばしなさい」っていうことは書いてある。でも、膝を伸ばすためのトレーニング方法であったり意識であったりイメージであったりは一人一人違いますよね。例えばこういう感じでやってみてって言って、駄目だったら次はこういう感じで、という風に伝え方をいろいろ変えていく必要があります。ある人に対しては「自分の体重をこの面に乗せるように泳いでみて」って言えば通じて変わるかもしれないですが、別のある人には「遠くの水を蹴るようにしてみて」って言わないと通じなかったりします。そういう風に一人ひとり言い方をいろいろ変える必要がある。そのためにはまず自分が同じゴールへの道筋のイメージをいろんな形でもっていて、それを説明できるように言語化しておくということが大事になると思うのです。そこがものすごく難易度が高い。

フィンスイミングの場合、現状では東京の強豪チームはほぼ全て、各チームのコーチは現役の日本代表が兼ねています。そして自分たちが速くなるための方法を普段から一生懸命考えていて、それを人にも説明できる状況にある。だからコーチの質はどうしても高くなっていると思うんです。

川口
お互いにコーチをし合っているという感じなのですか?
平野
トップの選手たちは疑問があれば聞いたりするとは思います。
柿添
議論をしてるって感じですかね。
平野
僕はちょっとフィンが違うので若干ちがいますね。ビーフィンって呼ばれる種目とモノフィンって呼ばれる種目ではちょっと違ったりするんですけど、フィンの扱いについてはモノフィンから得るもののほうが大きかったりするので、柿添さんたちから色々教わる立場であることが多いですね。そのモノフィンでのフィンでの動かし方から、競泳での身体の動かし方をかけ合わせて、ビーフィンだったらこう動かすべきなんじゃないかなあというアイディアを実際に自分の身体で試してみて改善しています。

 

次回は「日本のスポーツ文化とマルチアスリート」です。 1つのことに打ち込むのが美しいとされる日本の文化に対して、色んな競技にチャレンジする具体的なメリットを提示して切り込みます。