過去を変える力

2016/02/16

起きてしまったことを変えることは出来ない。事実は事実であり、これはもうどうしようもない。
例えば僕の場合なら、

「医学部再受験に2度失敗したこと」

が大きな人生の遠回りの出来事の1つだったことのように思える。
当時は2度も落ちてしまったショックもあり自分を見失いかけたし、どうすればいいのかわからなくなったものだ。

他の人から見たら受験に落ちたこともは今でも失敗と見えるだろう。でも今の僕の中では、後悔というものは特にないし、少なくとも気持ちの中で再受験に失敗したことは「嫌な出来事」には振り分けられていない。

わたしは再受験に失敗した後、就職活動に切り替えて今の会社に受かった。
出版社の入社試験ではよくあるのだが、わたしの会社も書類審査の次は筆記試験だった。
国語、数学、英語、一般常識、作文。
の5科目だった。
直前まで2年間も受験勉強をしていた僕にとっては、3年間大学で専門の勉強をしていたいわゆる新卒生の子達よりも、国語、数学、英語は身近なものとなっていた。面接試験の時に面接官から言われたので入社試験では数学は満点だったはずだ。

僕にとっては医学部には受からなかった受験の学力は就職活動でいかされた。そして、そもそも今の会社に入社したキッカケは再受験時にうちの会社の参考書
だったりする。

水泳だってそうだ。僕は水泳でオリンピックに行きたくて筑波大学に進学した。そしてその夢は叶わずに大学で水泳をやめた。これも遠回りの1つだったと思う。引退をするときは何故大学にまできて水泳をしてしまったのだろう。僕の才能では勝てっこないのに何故そんな無謀なことをしたのかと悔いたものだ。

でも今こうやってもう一度フィンスイミングという舞台で頑張ろうと思えたのは、間違いなくあの4年間があったからだ。だから今の僕は全く後悔していないし、筑波大学に行ってよかったと心の底から思っている。あの時にともに過ごした仲間は、やめた直後はあまり連絡すら誰ともしなかったのに、数年の時を経て今は本当に大切な友達だ。

もし僕がこの2つの失敗のあと、閉じこもってしまっていたならそれはただの失敗のままだったであろう。

人は失敗しても再び起き上がって前に進むことで
「過去に起きたこと」
は変えられないけれど
「過去に起きたことの意味」
を変えることが出来るのだと思う。

過去を変えられる唯一の力は新たなるチャレンジだ。

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