第7回 マルチアスリートは日本のスポーツ文化を変えていけるか

2017/07/24

20182301_1453091914769285_192272572_o (1)

最後に水泳のコーチングという文脈を離れて、日本全体のスポーツ文化についてご意見をお聞かせください。お話を聞いていると、日本全体でスポーツや運動といった活動を、学校の体育や部活の呪縛から解き放つ必要があるのではないかという印象を強く受けます。

対談記事公開スケジュール

7/18 第1回 ワールドゲームズ史上初2競技での代表選出
7/19 第2回 フィンスイミングと競泳の違い
7/20 第3回 技術の言語化
7/21 第4回 日本のスポーツ文化とマルチアスリート
7/22 第5回 指導のあり方
7/23 第6回 大学時代のプレッシャー
7/24 第7回 マルチアスリートは日本のスポーツ文化を変えていけるか


第6回は大学時代のプレッシャーと題した大学水泳業界の特殊な事情などに触れました。どうしても、毎年のインカレに最適化するために大きなチャレンジがしにくい環境がコーチにも選手にもあるのではないかと思います。
今回は最終回、マルチアスリートは日本のスポーツ文化を変えていけるかです。


川口
最後に水泳のコーチングという文脈を離れて、日本全体のスポーツ文化についてご意見をお聞かせください。お話を聞いていると、日本全体でスポーツや運動といった活動を、学校の体育や部活の呪縛から解き放つ必要があるのではないかという印象を強く受けます。

ぼくは運動が苦手なんです。だから体育は好きじゃありませんでした。でも、百メートル走なんかの短距離走でも、みんなで走ってタイムを測って順位つけてってだけではなくて、今の走り方をこう変えれば百メートル走のタイムをあと三秒は縮められます、というような技術トレーニングがあったなら、運動がすごく好きになれたんじゃないかと思うんですよね。

そういうことが今日本の学校でできないのは、一つには一対一で指導をするだけのリソースがないという問題がありますけど、スポーツってそうやって自分を磨いて楽しむものなんだっていう認識がないというそもそもの問題もあると思うんですよね。

柿添
そうですね。
川口
平野さんにお伺いしたいのですが、マルチアスリートという活動を続けることによってそういった新しいスポーツ文化みたいなものを訴えかけるチャンスを感じていたりはしますか?
平野
マルチアスリートというあり方には「スポーツって自分なりに楽しみながらやってもいいんだ」と訴えかけられる可能性があると思います。

ぼくはライフセービングを始めたのは就職してからなんですけど、もともと高校時代から興味はあってやってみたいと思ってはいたんですよね。でも、大学では兼部が禁止されていたのでできなかったんです。大学を卒業して消防士になった時に、ライフセービング部の方に誘われて初めてずっとやってみたかった競技に取り組むことができたんです。ライフセービングを始めたときは日本代表になりたいなんてこれっぽっちも思っていなくて、ただやってみたかったから、楽しそうだから、というので始めたんです。その中で、仕事も練習もしなきゃいけない、でもパフォーマンスも上げたいってなると、いかに良い意味で楽をして速くなるかが大事になってきます。そこで楽をして速くなるためにはどうしたらいいんだろうってことを考え始めました。それが自然に結果にもつながりました。

全部本気で、でも、全部遊び

IMG_0033a

川口
まずは、競泳を辞めてからフィンスイミングを始めるとか、競泳を辞めてからライフセービングを始めるとかではなくて、小中高の段階から、競技を一個に絞るのではなくて、自分がやっていて楽しいと思えるスポーツを色々やっていく、その中で自分なりに考えてトレーニングを組み立てていくっていう文化をつくっていくのが大事なんですかね?

平野
よく競泳とフィンスイミングとライフセービングの「どれがメインなの?」って聞かれるんです。ぼくとしては、どれがメインということではなくて、どれもメインなんですよ。全部本気で、でも、全部遊びでもあるんです。そして、全部がトレーニングでもあるんです。一言でぽんっとは言いにくいんですけど、みんな視野が狭くなり過ぎちゃっている気がします。そうじゃなくて、もっと運動を楽しむとか、新しい技術に挑戦するとか、トレーニングの幅を広げるとか、視野を広げていけば、もっといろいろなこと見いだせるんじゃないかとは感じています。
川口
先程柿添くんが34歳になっても頭を使えば大学時代の自己ベストを更新できたという事実が、インテリジェンスを駆使すればスポーツはうまくなれるという説得力を産んだ、実際一つの大学の水泳部の実践を変えた、という話がありました。平野さんの場合は、マルチアスリートというかたちで、全部本気で、全部楽しんでやっていて、ちゃんと世界大会まで行けるっていう例を示すことで、いまお話されたような主張に説得力をもたせることができると思います。今年ポーランドのワールドゲームズでの活躍を通じてそういう新しいスポーツ文化の普及に貢献していただきたいですね。
平野
あくまで似たような競技、水の中での競技っていうのを狙ってはいますけどね。マルチアスリートであると同時にアクアアスリートでもありますので。

メジャー競技とその他の競技の本音

IMG_0048a

川口
その「水の中での競技」を複数こなすことによる相乗効果っていうのも面白いと思います。今回お話しいただいたように「水の中で泳ぐ」ということがベースにありつつも、重りが付くとか、泳速が上がるといったような微妙な差異があるところで複数の競技をやることによって効率的に技術を磨くことができるという側面があるわけですよね。

平野
水の中の競技に限った話ではないと思います。例えばフルコートのサッカーをやる人だったらフットサルで技術を中心的に学ぶことができるのではないでしょうか。足腰を鍛えるんだったらビーチサッカーをやるという方法もあります。全部が全部つながってくるはずなんです。フルコートでやっている分には広い目で見ないと見えない部分が狭いコートだとある程度視界の中ですぐ入ってくるんで判断力が集中的に磨けるとか、そういう効果があるはずなんです。バレーボールでも、フルコートのバレーボールもあれば、ビーチバレーもあります。テニスでも硬式とソフトじゃまた違う側面の技術を磨けると思います。色々探せばあるはずなんです。色んなスポーツには互換性があるものが探せば絶対出てくるはずなんです。でもそういうものはメジャーな競技からすると、結局メジャー競技で駄目だったやつの競技でしょっていう見方がまだまだ根強いんです。
川口
なるほど。
平野
僕はそれを言われるのが嫌だから競泳を続けてる部分もあります。フィンスイミングとかライフセービングって結構そういう競技だと思われてないですか?
柿添
思われてるだろうね。もちろん実態としてそういう部分があるのは否定できません。競泳のトップ選手のレベルはやっぱりとてつもなく高いし競技人口も多い。ただ、ぼくの視点からは、競泳の人たちは自分たちのレベルが一番高いから競泳の中に水泳の技術の全てがあると思っている節があるように見えるんです。競泳以外の世界にはまだまだ学ぶべきことがたくさんあるのにそこに目線が向いていないように見えます。競泳は今でも十分すごいけど、もっと高みに登れるはずなんですよ。

競泳の育成のシステムって結局ただのセレクションなんですよね。大体千万人ぐらい習い事として水泳をやっています、そこからコーチが運動能力と負けん気という面からめぼしい人を十万人ぐらい見つけてきて選手として競泳をやらせます、それで厳しい練習をやらせればやっぱり天才はいるので大したことを教えなくてもどんどん速くなっていきます、そういう人たちが残っていきます、そういうシステムになっていると思います。

でも、それって何も技術的なことを教えられなくても自分の感覚でなんとなくやっていて勝手にできてしまう人、つまり定義により「天才」の人たち、を拾い上げてるだけなんですよね。でも、一方で、正しい指導さえあればそれを会得できる人たちが別に一群としているはずなんです。その2つが争うようになればスポーツはもう少し面白くなるんじゃないかなと思う。今は完全に「天才」の世界だけで勝負が完結しているように見えます。

平野
僕らはどちらかというと「こっち側」の「天才ではない」人間です。オリンピック選手にはなれないですけど、それでも日本選手権クラスの大会には出て、今勢いがある選手たちと戦えてます。そこでもう少しなんとか出し抜いていきたいと思っています。
川口
さて、インタビューの第一号はマルチアスリート&アクアアスリートの平野修也さんでした。今後も柿添くんのブログを通じて、インテリジェンスを駆使してスポーツで下克上をする人たちに着目して行きたいと思います。今日は貴重な練習時間を割いてインタビューを受けていただいてありがとうございます。
平野
いえ、インタビューでしゃべることも表情筋のトレーニングですから (笑)
川口
大会、応援しています。
平野
ありがとうございます。

後日談

7月21日に行われたワールドゲームズのライフセービング4×50m障害リレーにて平野選手は世界新記録で金メダルを獲得という偉業を達成しました。
この種目は50mを壁から12.5mの地点に水深70cmの障害物が沈められており、これを2回くぐって50mを泳ぐ種目です。
彼は、日本のエースとして第1泳者をつとめており、昨年まで24.1というベストを持っていたのですが、23.67という大ベストでJAPANチームの世界新記録に貢献しました。
そしてフィンスイミング競技では50mビーフィンで世界6位、100mビーフィンで世界8位という結果を残してくれました。
いちアスリートとして、いち友人として彼がここまでやってくれるとは正直、思っていなかったです。(ごめん平野くん笑)
本当に素晴らしいですし尊敬しています。
これからも彼の活躍を楽しみにしています。
IMG_0201a

7/18 第1回 ワールドゲームズ史上初2競技での代表選出
7/19 第2回 フィンスイミングと競泳の違い
7/20 第3回 技術の言語化
7/21 第4回 日本のスポーツ文化とマルチアスリート
7/22 第5回 指導のあり方
7/23 第6回 大学時代のプレッシャー
7/24 第7回 マルチアスリートは日本のスポーツ文化を変えていけるか